部下からの嫌がらせ(パワハラ)を解決したい! 逆パワハラ対処法や認定要件とは
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埼玉県が公表している統計資料によると、令和3年に埼玉県内で実施された労働問題に関する相談件数は5432件でした。そのうちパワハラやいじめなどの「職場の人間関係」に関する相談が714件で、相談内容別の件数で最も多くなっています。
パワハラというと、上司から部下に対して行われる威圧的な言動をイメージする方が多いと思います。しかし、上司からに限らず、部下が上司に対して嫌がらせ(パワハラ)を行う事例もあります。部下から被害を受けている場合には、どのように対処したらよいのでしょうか。
今回は、部下からの嫌がらせ(パワハラ)を受けた場合の対処法などについて、ベリーベスト法律事務所 所沢オフィスの弁護士が解説します。
1、「部下からの嫌がらせ(パワハラ)」とはどんなことを指す? 認定要件とは?
部下からの嫌がらせ(パワハラ)とはどのようなことを指すのでしょうか。以下では、認定要件や具体的な事例について説明します。
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(1)部下からの嫌がらせ(パワハラ)の成立要件
パワハラというと、一般的には、上司から部下に対して行われる威圧的な言動のことをいいますが、部下から上司に対して嫌がらせやいじめ(パワハラ)が行われることもあります。このような行為を「逆パワハラ」と一般に呼ぶことがあります。
厚生労働省では、パワハラの定義(成立要件)として、以下の①から③までのすべてを満たす行為だと定めています。- ① 優越的な関係を背景とした言動
- ② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
- ③ 労働者の就業環境が害されるもの
部下からの嫌がらせ行為は、①優越的な関係を背景とした言動と合致しないため、厚生労働省のパワハラの定義にはあてはまらず「嫌がらせ」「いじめ」とみなされます。
しかし、身体や財産に損害が生じるような嫌がらせやいじめ、暴力であれば、民法の要件を満たす場合には不法行為が成立し、当該部下に対して、損害賠償請求できる場合もあります。
したがって、部下からの嫌がらせ(パワハラ)等に、泣き寝入りしなくてもいい場合があるのです。 -
(2)部下からの嫌がらせ(パワハラ)の具体例
部下からの言動が嫌がらせ(パワハラ)に該当する例としては、以下のものが挙げられます。
- ① 身体的な攻撃
部下が上司に対して、殴打、足蹴りを行うことや物を投げつける行為は、身体的な攻撃として嫌がらせ(パワハラ)に該当します。 - ② 精神的な攻撃
部下が上司に対して悪口をいったり、根拠のないでたらめで上司の名誉を毀損したりすることは、精神的な攻撃による嫌がらせ(パワハラ)に該当します。たとえば、他の社員がいる前で「あいつは仕事ができない」、「あいつは無能だ」といった悪口を言った場合です。 - ③ 人間関係からの切り離し
上司からの指示を無視したり、同僚と結託して上司を無視したりするなどの行動は、人間関係からの切り離しによる嫌がらせ(パワハラ)に該当します。このように積極的な行動だけではなく、無視という消極的な行動についても不法行為が成立する余地があります。 - ④ 過大な要求
部下が上司の指示に従わないために、部下がやらなければならない仕事を上司に押し付ける行為は、過大な要求による嫌がらせ(パワハラ)に該当します。 - ⑤ 過小な要求
上司が無能であると言いふらして、上司に対して能力に応じた仕事を与えなくする行為は、過小な要求による嫌がらせ(パワハラ)に該当します。 - ⑥ 個の侵害
上司の了解がないにもかかわらず、部下が同僚に上司のプライベートな情報をばくろする行為は、個の侵害による嫌がらせ(パワハラ)に該当します。
- ① 身体的な攻撃
2、嫌がらせ(パワハラ)だと思ったときに証拠集めが必要な理由
部下から嫌がらせ(パワハラ)を受けていると感じた場合には、その証拠を集めることが大切です。以下では、証拠集めが必要な理由と具体的な証拠の例について説明します。
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(1)嫌がらせ(パワハラ)の証拠が必要な理由
嫌がらせ(パワハラ)を理由として法的な対応をすることになった場合には、該当行為があったということを証明していかなければなりません。加害者が事実を認めてくれればよいですが、否定した場合には、証拠がなければ法的な対応は困難です。
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(2)嫌がらせ(パワハラ)の証拠になり得るももの
部下からの嫌がらせ(パワハラ)の証拠になり得るものとしては、以下のものが挙げられます。
- ① 録音データ
部下からの嫌がらせ(パワハラ)が、暴言や誹謗中傷によって行われた場合には、どのような発言がなされたのかが重要な証拠となります。そのため、暴言や誹謗中傷が行われた場合には、ボイスレコーダーなどで音声を録音しておくとよいでしょう。 - ② 動画や写真
部下から身体的な攻撃が行われた場合には、殴られている状況を録画したり、怪我をした部位を写真で撮っておきましょう。 - ③ メール
部下から送られてきたメールに、暴言や誹謗中傷が記載されている場合には、メールも有力な証拠となります。メールには、差出人や送信日時が記録されていますので、客観的な証拠として信用性の高い証拠といえます。 - ④ 同僚の証言
他の同僚が嫌がらせ(パワハラ)の現場を目撃していることがあります。同僚が嫌がらせ(パワハラ)があったと証言してくれる場合には、その証言も証拠となります。
ただし、当事者同士の関係性によっては、証言の信用性に疑問が生じることもありますので、同僚の証言だけに頼るのは危険です。 - ⑤ 日記やメモ
被害者が作成した日記やメモも嫌がらせ(パワハラ)を立証する証拠になります。証拠としての価値を高めるためにも、日記やメモを作成するときは継続的に作成し、詳細な内容を書き記すようにしましょう。 - ⑥ 診断書
身体的な攻撃が行われた場合には、怪我をしたということを立証するために診断書が必要になります。また、嫌がらせ(パワハラ)によって、うつ病になってしまったという場合にもその事実を明らかにするために診断書や診療記録など必要になります。
- ① 録音データ
3、部下からの嫌がらせ(パワハラ)を解決するための対処法
部下からの嫌がらせ(パワハラ)を解決する方法としては、以下のような対処法が考えられます。
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(1)社内窓口での相談
労働施策総合推進法の改正(いわゆるパワハラ防止法)により、企業にはハラスメント相談に対応するための窓口の設置が義務付けられています。会社にハラスメント行為に関する相談窓口が設置されている場合には、まずは、社内窓口に相談をしてみるとよいでしょう。
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(2)労働局への相談
会社内に相談窓口がないまたは機能していないという場合には、外部の相談窓口を利用しましょう。会社外の相談窓口のひとつとして、労働局の総合労働相談コーナーの利用が考えられます。
総合労働相談コーナーでは、専門の相談員が無料で労働問題に関する相談に応じてくれますので、部下からの嫌がらせ(パワハラ)に対する対応や対策について具体的にアドバイスをしてくれるでしょう。 -
(3)弁護士への相談
労働局の総合労働相談コーナーでは、具体的なアドバイスをもらうことはできますが、加害者と直接交渉をしてくれるわけではありません。加害者に対する具体的な対応を希望する場合には、弁護士に相談をすることをおすすめします。
弁護士は、部下の行為が嫌がらせ(パワハラ)に該当するかどうかを判断したうえで、懲戒処分などの会社として取り得る処分をアドバイスします。また、部下との対応も弁護士に任せることが可能です。
4、逆パワハラが原因で訴訟になった裁判例
以下では、逆パワハラが原因で訴訟になった裁判例を紹介します。
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(1)大阪地方裁判所 平成8年7月31日判決
【事案の概要】
上司や同僚に対して度重なる恐喝、強迫、強要、嫌がらせなどの行為がなされたため、会社が当該労働者に対して諭旨解雇処分を下しました。しかし、労働者は、会社の処分に不満を抱き、不当解雇を理由として、裁判所に訴えを提起しました。
【裁判所の判断】
裁判では、原告による嫌がらせ(パワハラ)があったかどうかが争点になり、裁判所は、以下のような事実を認定し、労働者による嫌がらせ(パワハラ)を理由とする諭旨解雇処分は有効であると判断しました。- 上司Aに対して土下座を要求し、金銭の支払いを求めた
- 上司Bに対して、多数回にわたり嫌がらせ電話をかけた
- 上司Cに対して、女性従業員への態度がセクハラだと因縁をつけ、Cの妻に告げると脅迫し、自宅に嫌がらせ電話をかけた
- 同僚Dに対して、椅子を投げつけたり、土下座を要求したりして、金銭の支払いを求めた
- 同僚Eに対して、コーヒーがこぼれたことの迷惑料を要求し、嫌がらせの電話やEを非難するビラの配布をした
- 同僚Fに対して、Fの両襟付近をつかんで引っ張り、下腹部に膝蹴りをするという暴行を加え、暴力を受けていない旨のメモや転職希望調書の作成を強要した
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(2)東京地方裁判所 平成21年5月20日判決
【事案の概要】
レストランに勤務して、料理長の地位にあった労働者(X)がうつ病を発症し、自殺をしてしまいました。自殺をした労働者の遺族は、労働基準監督署に労災申請をしたものの、不支給決定を受けたため、その取り消しを求めて、裁判所に訴えを提起しました。
【裁判所の判断】
裁判では、Xの業務とうつ病・自殺との間に相当因果関係があるかどうかが争点になりました。
裁判所は、Xの部下が処遇に対する不満から、以下のようなXを誹謗中傷する内容のビラを配布したことを認定しました。- 食券を再利用して売り上げの着服をしている
- Xが管理する金庫から1万5000円を盗んだ
- 女性従業員に対してセクハラをした
- 百貨店の酒売場倉庫から盗んだビールを飲んだ
- Xの部下が従業員と不適切な関係を持っている
そして、Xは、上記の件に関する事情聴取や始末書の作成などに忙殺され、精神的に追い詰められてしまった結果、うつ病を発症して自殺をしてしたと認定し、Xの業務とうつ病・自殺との間の相当因果関係を認めました。
この裁判例は、労災に関するものですが、部下が上司に対して、「横領している」、「不倫をしている」などのデマを言いふらして精神疾患を発症させた場合にもパワハラになると考えられます。
5、まとめ
一般的には、上司から部下に対するパワハラが、部下から上司に対して行われることもあります。企業としては、早期に状況を把握することができるよう、相談窓口を設置し、把握した場合には、事情聴取や処分といった適切な対応を取ることが求められます。
部下からの嫌がらせ(パワハラ)でお悩みの方は、ベリーベスト法律事務所 所沢オフィスまでお気軽にご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています