定額残業代を導入するメリット・デメリットは? 注意点や導入の流れ
- 労働問題
- 残業代
- 定額

定額残業代とは、企業が労働者に対して支払う給与の中にあらかじめ一定時間分の残業代を含める制度です。
定額残業代制度を利用することで、給与計算の簡素化、人件費の予測が可能、従業員の満足度の向上など企業にとってメリットがありますので、導入を検討している企業も多いのではないでしょうか。
今回は、定額残業代を導入するメリット・デメリット、導入の流れや注意点などについて、ベリーベスト法律事務所 所沢オフィスの弁護士が解説します。
1、定額残業代とは?
定額残業代とは、残業の有無にかかわらず、企業が労働者に対して支払う給与の中に、あらかじめ一定時間分の残業代を含めて支払う制度です。このような制度を定額残業代と呼ぶことがありますが、正式名称ではなく、「固定残業代制度」や「みなし残業制度」というのが正式名称になります。
定額残業代には、主に組込型と手当型の2種類が存在します。
- 組込型:基本給の中に定額残業代を組み込んだもの
(例:基本給30万円、定額残業代5万円を含む) - 手当型:基本給とは別に定額残業代を支払うもの
(例:基本給25万円+定額残業代5万円)
どちらも結果的に受け取る額は同じですが、組込型の場合、基本給の内訳に明記するなどして残業代を明らかにしておかないとないと、労働者とトラブルになるリスクがあります。
労働者から未払い残業代請求をされるなどのケースもありえますので、組込型で定額残業代を導入する際には、制度のリスクと理解が重要になります。
2、固定残業代制度とみなし残業制度の違い
定額残業代は、正式名称を「固定残業代制度」や「みなし残業制度」といいます。
固定残業代制度とみなし残業制度は、名称の違いであり、両者には違いはありません。そのため、会社によっては、定額残業代、固定残業代制度、みなし残業制度などさまざまな名称が使われているかもしれませんが、いずれも同じ内容を指す言葉だと理解しておきましょう。
なお、みなし残業制度に似た言葉に「みなし労働時間制」というものがあります。
みなし労働時間制とは、実労働時間の把握が難しい業務に対して適用される労働時間制のことをいい、実際の労働時間とは関係なく、当該業務を行うために通常必要とされる時間を働いたものとみなす制度です。
みなし残業制度とみなし労働時間制は、まったく異なる制度ですので、両者はしっかりと区別しておくようにしましょう。
3、固定残業代やみなし残業制度を導入するメリット・デメリット
以下では、固定残業代やみなし残業制度を導入するメリットとデメリットを説明します。
-
(1)固定残業代やみなし残業制度を導入するメリット
固定残業代やみなし残業制度を導入するメリットとしては、以下のようなことが挙げられます。
① 給与計算の簡素化
企業が固定残業代やみなし残業制度を導入すると、一定時間分までの残業代計算が不要になりますので、給与計算が簡素化するというメリットがあります。
複数の労働者を雇用している企業では、残業代計算の事務負担が大きいため、これらの制度により業務の効率化を図ることができます。
② 人件費が予測できる
企業が固定残業代やみなし残業制度を導入すると、残業代が定額化されますので、人件費の把握が容易になります。
企業が支出する費用のうち、人件費は大きな割合を占めますので、人件費があらかじめ予測できれば、資金計画や事業計画を立てやすくなりますので、スムーズな経営を行うことができます。
③ 従業員の満足度が向上する
固定残業代やみなし残業制度は、企業側だけではなく従業員側にもメリットがあります。
これらの制度は、実際の残業時間がみなし残業時間に達していなかったとしても、定額の残業代を受け取ることができます。
そのため、労働者としては定時であがれるよう効率よく働けば、プライベートを充実させつつ定額の残業代ももらえますので、就労の満足度が向上するといえるでしょう。 -
(2)固定残業代やみなし残業制度を導入するデメリット
固定残業代やみなし残業制度を導入するデメリットとしては、以下のようなことが挙げられます。
① 適切に運用しなければ未払い残業代として扱われる可能性がある
固定残業代は、あらかじめ一定時間分の残業代を給与に含めてしはらう制度ですが、みなし残業時間を超えて残業をさせた場合には、固定残業代とは別に残業代を支払わなければなりません。
固定残業代制度やみなし残業制度は、定額で労働者を残業させ放題にできる制度ではありません。そのような誤った運用をしてしまうと、労働者から未払い残業代請求をされるリスクがあります。
② 長時間労働を助長してしまう可能性がある
固定残業代やみなし残業制度は、労働時間を短縮できる可能性のある制度ですが、運用によっては長時間労働を助長してしまう可能性があります。
会社側において「みなし残業時間分は残業するのが当たり前」という考えを持っている場合、労働者としても定時に帰ることができず、だらだらと残業することになりかねません。従業員だけでなく会社側にもデメリットとなりえることを理解しておきましょう。
お問い合わせください。
4、固定残業代制度やみなし残業制度を導入する場合の注意点と導入の流れ
以下では、固定残業代制度やみなし残業制度を導入する場合の注意点と導入の流れを説明します。
-
(1)固定残業代制度やみなし残業制度を導入する場合の注意点
固定残業代制度やみなし残業制度を導入する際には、以下の点に注意が必要です。
① 会社が支払う残業代が完全に固定されるわけではない
定額残業代、固定残業代制度、みなし残業制度という名称から、いくら残業しても定額の残業代以外支払う必要がないといった誤解が生じることがあります。
しかし、みなし残業時間を超える残業をさせた場合は、定額の残業代とは別に残業代を支払わなければなりません。残業代が完全に固定されるわけではありませんので注意しましょう。
② 定額残業代の制度があるからといって残業を強制できるわけではない
従業員に対して残業を命じるためには業務上の必要性があることが条件となります。そのため、必要がないような場合にまで残業を強制させることはできません。
定額残業代制度を利用する際には、実際の残業時間とみなし残業時間に解離が生じないようにするためにも従業員の労働実態をしっかりと把握してから制度設計を行うようにしましょう。
③ 残業時間が法的限度を超える場合、制度が無効とみなされる可能性がある
残業時間には、法律上の上限が設けられており、月45時間・年360時間までに抑えなければなりません。
他方、固定残業代制度やみなし残業制度には、法律上の上限は設けられていませんが、みなし残業時間が残業時間の上限を超過しているような場合には、制度自体が無効と判断されるリスクがあります。
また、長時間のみなし労働時間は、従業員の離職や求職者の減少などにもつながる可能性があります。みなし労働時間は、残業時間の上限を超えないように留意しましょう。 -
(2)固定残業代制度やみなし残業制度を導入する流れ
固定残業代制度やみなし残業制度を導入する場合、以下のような流れで行います。
① 従業員の労働実態を調査する
固定残業代制度やみなし残業制度を導入するには、事前に、従業員の労働時間を把握する必要があります。正確に労働実態を把握しなければ、みなし残業時間の設定が困難ですので、タイムカードの確認だけではなく従業員からの聞き取りなども行うようにしましょう。
② 固定残業代の金額やみなし残業時間を検討する
労働時間の実態を把握できたら、次は、固定残業代の金額やみなし残業時間の設定などの制度設計を行っていきます。
固定残業代制度の導入により人件費が増額する可能性がありますので、しっかりと試算をするようにしてください。
③ 就業規則や賃金規程の整備をする
具体的な制度設計ができたら、その内容を就業規則や賃金規程に記載します。
単純に固定残業代を上乗せする場合であればよいですが、そうでない場合には労働条件の不利益変更になりますので、従業員の個別の同意を得る必要があります。
メリットがあることをしっかりと説明し、従業員の同意を得るようにしましょう。
④ 労働基準監督署に就業規則変更届を提出する
就業規則を変更したときは、所轄の労働基準監督署に就業規則変更届を提出します。
5、固定残業代やみなし残業代で裁判になった事例
以下では、固定残業代やみなし残業代の有効性が争点になった裁判例を紹介します。
-
(1)最高裁平成6年6月13日判決
歩合給制の賃金体系が採用されているタクシー会社に勤務する運転手が時間外労働や深夜労働をしても歩合給以外の賃金が支払われなかったという事案です。
裁判所は、通常の労働時間にあたる賃金と時間外・深夜の割増賃金に該当する部分が判別できなかったとして、固定残業代制度は無効であると判断しました。 -
(2)東京地裁平成29年10月11日判決
労働者からの残業代請求に対して、会社側がみなし残業代を支払っていると反論した事案です。
裁判所は、賃金総額30万円の内、いくらがみなし残業に当たるか明確でないこと、36協定の上限である月45時間の残業を大幅に超える月100時間以上にも及ぶ時残業が義務付けられていたことなどを理由に、みなし残業代は公序良俗に違反し無効であると判断しました。
6、まとめ
固定残業代制度・みなし残業制度(定額で残業代を支払う制度)とは、企業があらかじめ設定した残業時間に基づいて固定の残業代を支払う仕組みです。
給与計算が簡素化するなどのメリットがありますが、労働契約書や給与明細などに明確な表記がないと、未払い残業代を請求されたり労働紛争に発展したりするリスクもあるため注意が必要です。
従業員との労務トラブルを未然に防ぎたい、起きてしまったトラブルを何とか治めたいときは、弁護士のサポートが重要です。労働問題の解決実績が豊富なベリーベスト法律事務所 所沢オフィスまで、まずはお気軽にご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています